「生きる」を訪ねて (インド紀行 3)

ヒマラヤ山脈旅行記

hide-bachさんの旅行記

テーマ:歴史・文化・芸術

旅行記タイトル:「生きる」を訪ねて (インド紀行 3)

旅行期間:2004/11/04〜2004/11/13

旅行記の内容:(インドで生活する人たち)
一日目は、フマユ―ン廟で、インド人の用を足す話になってしまった。

二日目はデリーから汽車に乗って、パトナまで行く。

さらに西へ進めばカルカッタになり、北へ乗り換えると、
紅茶で有名なダージリンへ行く。
その先はネパールで、
ヒマラヤ山脈の山々が白い雪をかぶって待っている。


インドは元イギリス領で、ガンディーがハンガーストライキをして、
独立を果たしたことで有名である。
そのイギリスが残したのが、
インド全土に広がる鉄道網だ。
聞くところによれば、このインドの
広軌道の汽車は、鉄道マニアにとって一度は乗ってみたい列車なのだ。

そんなことを知っていたボクは、三等車に乗るということだったので、
すこし期待があった。


一方で何年も前に読んだ、インド鉄道旅行の紀行文が頭に残っていた。

つまりインドでは、列車の一番良い席は、荷物を載せる網棚で、
降りる人を掻き分け乗り込み網棚の荷物を放り出して、
そこに陣取るのが特等席であるという記憶である。


インドの列車は、同じ三等車でも、上等なほうから数えて三番目の三等と
上等なほうから数えて、六番目、9番目、十二番目の三等があって、
その内のどの三等かすこぶる興味があった。


十二番目の三等だと、席は、インド鉄道旅行の網棚がベストなのだが、
品の良い?(この際そうゆうことにして置こう)同行者に、
カミさんがいるから席の確保が難しくなる。

ボクは生き馬の目を抜くほどすばしっこいが、カミさんときたら、
育ちが兄弟なしの一人娘で、のんびり、おっとりしている。

子供のころは、親にあれこれ手助けして貰い、
結婚してからは、ボクにおんぶに抱っこしている。

人の波を掻き分け掻き分け、降りてくる人の頭を踏んづけて、
列車に乗り込むことなんてとてもおぼつかないのである。


でも、日本では一流の旅行社が企画したツアーだから、12番目と言うことも無かろう。

悪くとも六番目の三等車には乗れると思った。

インドの列車は日本と違って、時間通りに発着することは無い。

それでも、時刻どおりに出発ホームにいなければならない。
間違って
定刻に出発することもあるからだ。


インドについて仕入れた知識の期待通り、ホームは溢れるばかりの人の波で、
牛は歩いているし、乞食はいる、物売りは人の波を掻き分けて移動する。

もちろん乗客もたくさん待っている。
さすがに人糞はないが、
良く反芻して、良く消化された牛の糞はホームのあちこちにドロリと落ちている。

牛はインドでは神のお使いで大切にされ、綱吉の生類憐みの令も
かくやあらんと思われるほどで、我が物顔に歩いている。

当然のことビーフをインド人は口にしない。


口にしないで思い出したが、インドにはベジタリアンと言う人たちがいて、
肉食はしない人たちがいる。

ボク達12人のツアーのガイドさんがベジタリアンであった。

よくよく聞くと野菜ばかり食べて、動物性のものは食べないという
わけではなく、卵やチーズ牛乳など乳製品は食べるらしい。

ビーフは食べないのに牛乳やチーズは食べるというのも
なにやらいい加減で面白い。


脱線してしまったが、今回利用する列車の三等は、上等のほうから数えて
三番目であった。
すぐ隣のホームには、何番目の三等か知らないが、
三等車(Third Class)と書いた列車が止まっていたが、
この列車も網棚には荷物が載せてあったので、一番下等の三等ではなかったが、
それでも、日本人から見れば、難民が乗っているように思われたから、
相当下の等級であることは確かだった。


さて、その上等の三等寝台であるが、日本の新幹線の向かい合った3人座席の背に
寝台が向かい合って三段あると思っていただきたい。
その脇に通路があり、
その向こうの窓際に沿って、下段中段上段の寝台が作ってある。

列車は広軌道のため、客車の幅がすこぶる広い。


ベッドはむき出しで、カーテンが在るわけでもない。
ビニールの寝台に
シーツをかぶせ、毛布にシーツをかけて。
体をくるんで寝る。

ベッドの幅は体の横に腕を置ける程度で、とても寝返りは出来ない。

すこし体を動かすと下に落ちそうになる。


その列車に乗って13時間、デリーからパトナまで
長い距離であるが、移動した。

旅行二日目と言うこともあり、時差の関係でよく眠り、
13時間もただの一眠りで目的地に着いた。


駅を出ると、早朝にもかかわらず圧倒的な人数の人ごみが駅で待っている。

12人分の旅行バッグを駅から運ぶポーターがガイドさんめがけて集まる。

ガイドとポーターが値段の交渉をするひと悶着があって、ポーターは
値段はいくらか知らないがしぶしぶ引き受ける。

十億の民は、仕事にありつければ幸せなほうである。

人は溢れて全員が仕事にありつけない。


日本では学生は仕事を選ばなければ、アルバイト、パートで
仕事にありつけるが、インドでは、学生がアルバイトする余地はない。

そんな仕事がもしあれば、仕事にあぶれている人たちが、
とっくに仕事を奪っていくのだ。

学生が暇にあかせてするような仕事はないのである。


ボクは自分の旅行カバンを一つ持つのさえ大変なのに、ポーターたちは軽々と
三個も持って(二個は頭の上一つは手にぶら下げて)人の波の間をすいすい渡り歩いていく。

二個持つ人、三個持つ人で料金が違うのだろうか、あるいは一緒なのだろうか?
仕事が売り手市場だから、気の弱い人は三個でも同じ料金なのかもしれない。


豊かな日本に育ってぶつぶつ文句ばかり言っている若者達を、
一度インドにポンと降ろして、「一ヶ月生き延びてみよ」と言いたい。

そして生きることの大切さを実感して欲しいものである。

写真:(インドで生活する人たち)
一日目は、フマユ―ン廟で、インド人の用を足す話になってしまった。

二日目はデリーから汽車に乗って、パトナまで行く。

さらに西へ進めばカルカッタになり、北へ乗り換えると、
紅茶で有名なダージリンへ行く。
その先はネパールで、
ヒマラヤ山脈の山々が白い雪をかぶって待っている。


インドは元イギリス領で、ガンディーがハンガーストライキをして、
独立を果たしたことで有名である。
そのイギリスが残したのが、
インド全土に広がる鉄道網だ。
聞くところによれば、このインドの
広軌道の汽車は、鉄道マニアにとって一度は乗ってみたい列車なのだ。

そんなことを知っていたボクは、三等車に乗るということだったので、
すこし期待があった。


一方で何年も前に読んだ、インド鉄道旅行の紀行文が頭に残っていた。

つまりインドでは、列車の一番良い席は、荷物を載せる網棚で、
降りる人を掻き分け乗り込み網棚の荷物を放り出して、
そこに陣取るのが特等席であるという記憶である。


インドの列車は、同じ三等車でも、上等なほうから数えて三番目の三等と
上等なほうから数えて、六番目、9番目、十二番目の三等があって、
その内のどの三等かすこぶる興味があった。


十二番目の三等だと、席は、インド鉄道旅行の網棚がベストなのだが、
品の良い?(この際そうゆうことにして置こう)同行者に、
カミさんがいるから席の確保が難しくなる。

ボクは生き馬の目を抜くほどすばしっこいが、カミさんときたら、
育ちが兄弟なしの一人娘で、のんびり、おっとりしている。

子供のころは、親にあれこれ手助けして貰い、
結婚してからは、ボクにおんぶに抱っこしている。

人の波を掻き分け掻き分け、降りてくる人の頭を踏んづけて、
列車に乗り込むことなんてとてもおぼつかないのである。


でも、日本では一流の旅行社が企画したツアーだから、12番目と言うことも無かろう。

悪くとも六番目の三等車には乗れると思った。

インドの列車は日本と違って、時間通りに発着することは無い。

それでも、時刻どおりに出発ホームにいなければならない。
間違って
定刻に出発することもあるからだ。


インドについて仕入れた知識の期待通り、ホームは溢れるばかりの人の波で、
牛は歩いているし、乞食はいる、物売りは人の波を掻き分けて移動する。

もちろん乗客もたくさん待っている。
さすがに人糞はないが、
良く反芻して、良く消化された牛の糞はホームのあちこちにドロリと落ちている。

牛はインドでは神のお使いで大切にされ、綱吉の生類憐みの令も
かくやあらんと思われるほどで、我が物顔に歩いている。

当然のことビーフをインド人は口にしない。


口にしないで思い出したが、インドにはベジタリアンと言う人たちがいて、
肉食はしない人たちがいる。

ボク達12人のツアーのガイドさんがベジタリアンであった。

よくよく聞くと野菜ばかり食べて、動物性のものは食べないという
わけではなく、卵やチーズ牛乳など乳製品は食べるらしい。

ビーフは食べないのに牛乳やチーズは食べるというのも
なにやらいい加減で面白い。


脱線してしまったが、今回利用する列車の三等は、上等のほうから数えて
三番目であった。
すぐ隣のホームには、何番目の三等か知らないが、
三等車(Third Class)と書いた列車が止まっていたが、
この列車も網棚には荷物が載せてあったので、一番下等の三等ではなかったが、
それでも、日本人から見れば、難民が乗っているように思われたから、
相当下の等級であることは確かだった。


さて、その上等の三等寝台であるが、日本の新幹線の向かい合った3人座席の背に
寝台が向かい合って三段あると思っていただきたい。
その脇に通路があり、
その向こうの窓際に沿って、下段中段上段の寝台が作ってある。

列車は広軌道のため、客車の幅がすこぶる広い。


ベッドはむき出しで、カーテンが在るわけでもない。
ビニールの寝台に
シーツをかぶせ、毛布にシーツをかけて。
体をくるんで寝る。

ベッドの幅は体の横に腕を置ける程度で、とても寝返りは出来ない。

すこし体を動かすと下に落ちそうになる。


その列車に乗って13時間、デリーからパトナまで
長い距離であるが、移動した。

旅行二日目と言うこともあり、時差の関係でよく眠り、
13時間もただの一眠りで目的地に着いた。


駅を出ると、早朝にもかかわらず圧倒的な人数の人ごみが駅で待っている。

12人分の旅行バッグを駅から運ぶポーターがガイドさんめがけて集まる。

ガイドとポーターが値段の交渉をするひと悶着があって、ポーターは
値段はいくらか知らないがしぶしぶ引き受ける。

十億の民は、仕事にありつければ幸せなほうである。

人は溢れて全員が仕事にありつけない。


日本では学生は仕事を選ばなければ、アルバイト、パートで
仕事にありつけるが、インドでは、学生がアルバイトする余地はない。

そんな仕事がもしあれば、仕事にあぶれている人たちが、
とっくに仕事を奪っていくのだ。

学生が暇にあかせてするような仕事はないのである。


ボクは自分の旅行カバンを一つ持つのさえ大変なのに、ポーターたちは軽々と
三個も持って(二個は頭の上一つは手にぶら下げて)人の波の間をすいすい渡り歩いていく。

二個持つ人、三個持つ人で料金が違うのだろうか、あるいは一緒なのだろうか?
仕事が売り手市場だから、気の弱い人は三個でも同じ料金なのかもしれない。


豊かな日本に育ってぶつぶつ文句ばかり言っている若者達を、
一度インドにポンと降ろして、「一ヶ月生き延びてみよ」と言いたい。

そして生きることの大切さを実感して欲しいものである。

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