Chandraさんの旅行記
テーマ:古城・寺院めぐり
旅行記タイトル:北インド、ヒマーチャル・プラディッシュ州の旅行記です。
旅行期間:2003/07/10〜2003/07/14

旅行記の内容: 私達の活動、生活拠点である北インド、ヒマーチャル・プラディッシュ州マナリはデリーの北約570Kmにあり、州の名前(ヒマーチャルとはサンスクリット語の『ヒマ・雪』『アチャル・動かざるもの、山』)の通り万年雪を戴いた山々に囲まれた風光明媚なヒマラヤの山村です。
スピティ渓谷への旅行はマナリよりチベット国境方面へ富士山より高い峠(ロータンパス3、980m、クンザンパス4、551m)を二つ越えヒンドゥー文化圏からチベット文化圏へと旅をします。
車はロータン・パスを越えInner Himalayan Rangeラホール渓谷(トライバル・エリア)へと入ります。
このラホール渓谷は東側クンザン・パス迄の間約80KMは豪雪地帯の為集落はなく、夏の間だけ羊飼いやトレッカー等に物資や食事の供給をする山小屋が、3ケ所あるだけの5?6000Mの山々に囲まれたエリアです。
ここの南側はヒマラヤ山脈最大の雪渓(バラ・シグリ氷河)の北端にあたり、車窓から見る山々の姿は圧巻です。
クンザンパス、この峠は川だけでなく、民族的な分水嶺でもありこの峠から東側がチベット文化圏のエリアです。
この先今までの「人・景色・風等」総てがかわります。
マナリの人々は“インド・ア?リア属系”ですが、スピティの人々は私達日本人と同じ“モンゴロイド属系”で、どこか懐かしい感じになります。
この変化は私達日本人にとって、とても不思議な感じがします。
ここの山々は今までの沿道に比べ穏やかな姿をしています。
沿道は乾燥し、荒涼とした大地が続きますが、集落に近付くと灌漑が施された畑の緑が眼に眩しく何故か“ホッ”とします。
第一の目的地であるタボ村は、チベットで広大な勢力を誇っていたグゲ王朝時代の最も西側にある地域で、ここの寺院は高僧リンチェン・サンポにより996年に建立された寺院です。
国境により中国の文化大革命の破壊から守られた、見事な曼陀羅やカシミール様式の壁画、諸尊が整然と祀られています。
またこのお寺には付属の宿泊施設や、チベット仏教関連の書籍が充実したライブラリーが完備しており、夏の間長期滞在してスピティの文化を研究している方もいます。
写真: 私達の活動、生活拠点である北インド、ヒマーチャル・プラディッシュ州マナリはデリーの北約570Kmにあり、州の名前(ヒマーチャルとはサンスクリット語の『ヒマ・雪』『アチャル・動かざるもの、山』)の通り万年雪を戴いた山々に囲まれた風光明媚なヒマラヤの山村です。
スピティ渓谷への旅行はマナリよりチベット国境方面へ富士山より高い峠(ロータンパス3、980m、クンザンパス4、551m)を二つ越えヒンドゥー文化圏からチベット文化圏へと旅をします。
車はロータン・パスを越えInner Himalayan Rangeラホール渓谷(トライバル・エリア)へと入ります。
このラホール渓谷は東側クンザン・パス迄の間約80KMは豪雪地帯の為集落はなく、夏の間だけ羊飼いやトレッカー等に物資や食事の供給をする山小屋が、3ケ所あるだけの5?6000Mの山々に囲まれたエリアです。
ここの南側はヒマラヤ山脈最大の雪渓(バラ・シグリ氷河)の北端にあたり、車窓から見る山々の姿は圧巻です。
クンザンパス、この峠は川だけでなく、民族的な分水嶺でもありこの峠から東側がチベット文化圏のエリアです。
この先今までの「人・景色・風等」総てがかわります。
マナリの人々は“インド・ア?リア属系”ですが、スピティの人々は私達日本人と同じ“モンゴロイド属系”で、どこか懐かしい感じになります。
この変化は私達日本人にとって、とても不思議な感じがします。
ここの山々は今までの沿道に比べ穏やかな姿をしています。
沿道は乾燥し、荒涼とした大地が続きますが、集落に近付くと灌漑が施された畑の緑が眼に眩しく何故か“ホッ”とします。
第一の目的地であるタボ村は、チベットで広大な勢力を誇っていたグゲ王朝時代の最も西側にある地域で、ここの寺院は高僧リンチェン・サンポにより996年に建立された寺院です。
国境により中国の文化大革命の破壊から守られた、見事な曼陀羅やカシミール様式の壁画、諸尊が整然と祀られています。
またこのお寺には付属の宿泊施設や、チベット仏教関連の書籍が充実したライブラリーが完備しており、夏の間長期滞在してスピティの文化を研究している方もいます。
オールド・マナリ[2、030m] 私達の拠点、北インド、ヒマーチャル・プラディシュ州オールドマナリからの眺望です。
ここは州の名前(サンスクリット語で『ヒマ・雪』『アーチャル・動かざるもの、山』の示す通り万年雪を戴いた山々に囲まれた風光明媚で静かな山村です。
奥に見える山々はDeo Tibba[6、001m]を含む山塊です。

ロータン峠[3、980m]
マナリより約二時間の所にある峠で、タルチョ(祈りの旗)と雄大な山々が印象的です。
午後からは強風が吹き、昔からの交通の難所です。
モンスーンの雲もこの峠を越せず、中央アジアに至るまで広大な乾燥地帯なりここから先、インナー・ヒマラヤン・レンジに入ります。

チョタ・ダラ[3、890m] ロータン峠からこの先クンザン峠の間約80kmは豪雪地帯の為集落はなく、まさに民族・文化のニュートラルゾーンの様です。
今日はチャンドラ・タル周辺に向かう中規模集団の羊飼い御一行様に出会いました。
彼等は日の出から日没まで休む事なく、1日約12km移動します。

クンザンパス[4、551m] この峠は川のみならず、民族・文化の分水嶺です。
頂上の小さなお堂には『仏法を守る為なら我が子をも殺す』と言われるチベット仏教の守護神『パルテン・ハモ』が祀られ、古より旅人の安全を見守っています。
ここから先チベット文化のスピティ渓谷に入ります。

タボ村[3、050m] この村は人口約350人の小さな村です。
10?17世紀に栄えたグゲ王朝の最西端に位置しており、ここのお寺は高僧リンチェン・サンポが996年に建立した9つの僧院からなる寺院です。
本尊は四面の大日如来で、漆喰壁から浮き出るような32尊のかけ仏等、曼陀羅世界を現しています。
このお寺の諸尊・壁画等は、国境により中国の文化大革命による破壊より守られた、保存状態の良いチベット仏教美術であり、本堂内はすべて保護されている為に撮影禁止です。

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